エウラリアの楔 1st fragment CD 『エウラリアの楔』 特設サイト

「……ついに呆けたか……姉上……」

紋章入りの返信を右足に括り付けられ、
大空を舞い上がる数珠掛鳩のディオスを見送りながらナタリアはつぶやいた。
帆柱から見渡す空は青々としている。
緩やかに吹く海風に悠々と白い羽を広げた彼女の愛鳥の姿はどんどん小さくなっていき、 空の青に飲み込まれていった。

必要物資の補給に立ち寄った港町はみるみるうちに遠ざかり、 今はもう線の様にしか見えない。

「キャプテン!例の荷物の荷解きはどうする!?」

空を見つめる彼女を、轟々しい男の声が呼ぶ。

「俺が確認するか!?」
「いや、私が直接解く!」

まるで猫のように軽々と帆柱を下り、スタスタと声の主の方向へ向かう姿は、 おおよそ【このような船】には似つかわしくないように思えた。
重たげな金髪をたっぷりと揺らし、意思の強そうな眼で行き先を真っ直ぐ見据えるその姿は、 さながら海軍将校のようであるのに、その出で立ちは……

「大体、何で私があのレオンのヤツと結婚する事になっているんだ」

数日前に届いたアナスタシアからの手紙には不可解な点がいくつもあった。
命を狙われる事も珍しくない稼業であるから、何者かの罠である事も考えられたが、 確かに筆跡はアナスタシアの物で、何より文章の締めくくりに用いられた印は、 ナタリアとアナスタシアしか所持していないものに間違いなかった。

「……ブドウ酒はそんなに好きじゃない……。それに……」

母上のドレスだなんて、そんなもの一度も見たこともない。
ナタリアとアナスタシアの間には、秘密などあるはずもないのに。
レオンには確かに何度か求婚された事はある。だが……。


「まぁ、とりあえず俺が開けるから、安全かどうか判断できたら中身の確認を頼む」

神妙な顔つきで考え込んでいるナタリアに、先ほどの声の主が言った。

「あ……ああ。頼んだ、バハルド」

バハルドと呼ばれた屈強な大男が厳重に密封された木箱に手を掛ける。
一応中身を傷つけないように上板を剥がし、幾重にも敷き詰められた綿をどけていく。
ようやく【中】が見えだすと、いつもは冷静沈着な副船長が、わずかに顔をしかめた。

「どうした、バハルド?」
「……キャプテン。こいつは……」
「あぁ?」

バハルドの指差す箱の中を覗き込むと、
そこには、豪奢な純白のドレスに身を包んだ美しい人形が 四肢を小さく折り曲げた状態で座らされていた。

「人…………形……?」

それは人形というにはあまりに見事な造形だった。
うつむき加減でひざを抱えており、はっきりとは確認できないが、 透きとおるような白い肌、銀灰色の髪。
閉じられた瞳に付された長い睫。
まるで今にも動き出しそうなそれに、二人は言葉を失った。

「なんだ……?手紙にはドレスとしか……?」

バハルドが手を触れようとしたその時、【人形】であるはずの“それ”が目を見開いた。

「触れるな、無礼者!」

「「!!??」」

人形はムクリと起き上がり、ナタリアとバハルドを一瞥すると、狭苦しい木箱から這い出し、 同じ体制を強いられ続けて疲弊しきっているであろう手足を伸ばした。

「……状況が飲み込めんのだが……」

人形は、自身の頭に付いた綿を煩わしそうに払っている。

「安心しろキャプテン。俺もだ。」

二人が顔を見合わせていると、ナタリアの目の前に手紙が突き出された。

「アナスタシアが、これをお前に渡せといっていた。」

未だ状況が飲み込めていないナタリアは、謎の人形が差し出した手紙を手に取り注意深く読み進めた。