エウラリアの楔 1st fragment CD 『エウラリアの楔』 特設サイト

「……風が強くなってきたな」


船の先端を見やると、豪奢なドレスに身を包んだ少女が相も変わらずうずくまっている。
風力が増せば船は進むがその分揺れは大きくなる。
生活の拠点を海上に置くナタリア達海賊とは異なりその揺れに体がついていかないのだろう。
苦しそうな様子が、遠方からでも見て取れる。

「お頭。頼まれていたもの、できたぞ」
「あぁ、春梅(チュンメイ)、ありがとう」

クラウディアに向かって歩いていきかけていたその時、ナタリアの目の前に黒髪で長身の男が現れた。
切れ長の目と、その上に施された赤いラインの刺青が印象的な青年は、 容器に入った毒々しい色の液体物を差し出す。

「船酔いには春梅のコイツが一番効くからな」
「人肌くらいの温かさが丁度いい。今すぐ飲ませてやるといい」

ナタリアは青年に、ああ、そうする、と言い液体を受け取ると、そのままクラウディアの方に向かう。


「うぇっ……ゲホっ!」

「おい、大丈夫か?」

「!?」


後方から掛けられた声に驚き、苦しげな顔の少女が弱弱しく振り向いた。
相当酷く酔っているのだろう。
憔悴しきった体でフラフラと立ち上がるが、ナタリアに向けられた目は、 まるで巣床を荒らされた猫のように刺々しい。

「これ飲んでおけ。うちの船医が作ったとっておきの薬だ。船酔いにはこれが一番効く」

「……い……いら……ない」

言葉は途切れ途切れで、荒く息づきながらも、ナタリアを威嚇する姿勢は変わらない。

「遠慮するなって。これ飲まなきゃお前ずっと苦しいままだぞ」

そんな様子に怯むでもなく、むしろ相好を崩して少女に歩みより、春梅の特効薬を差し出すが

「海賊……なんかの……施しは……受けない!」

バシッという音と共にナタリアの手から容器が飛び、黒々とした液体が甲板を塗らした。

急に体を動かしたせいで、少女は激しい立ちくらみを感じ、その場に崩れ落ちそうになった。
その体をフワリと支えられたかと思うと、ドレスの襟首を捕まれ、乱暴に持ち上げられる。

「う……!?ぐっ……離……せっ!!」

二の足が宙に浮いたまま、片腕で軽々と締め上げられる貧弱な少女は、 意識が混濁しそうになりながらもジタバタと抵抗する。
だが細い腕なのに、いくらツメを立てても蹴りつけても、その体はびくともしない。
空ろな目で女海賊を見下ろすと、灼熱の炎のような眼力で少女を睨み付けていた。

「おい……覚えとけお姫様……。私はな、何にもできないくせに権利ばっかり主張して、ただ大人の 足手まといにしかならないクソガキが大っ嫌いなんだよ!!!」

そのまま歩いて船室に向かおうとするナタリアの所に春梅が駆け寄ってきた。

「お頭。換えを持ってきた。」

「……あぁ、悪いな春梅。これからお前に頼もうと思ってた」

乱暴ではあるが、やっと甲板に下ろされた少女は、酸素を求めて呼吸を繰り返す。

「ひっ……う!!はあっ……はぁっ……」

しかし、息が整ったのもつかの間、今度は両頬を掴まれ無理やり口をこじ開けられたかと思うと 正体不明の液体を注ぎ込まれた。

「!!!???」

吐き出そうとするも強引に押さえ込まれ、やむなく飲み込むしかなかったが、 口内に広がった苦苦しくひどく不味い、今まで口にしたこともないようなその味に、再び意識が混濁しそうになる。
否、混濁した。徐々に深い眠気が少女を襲い、眼が落ちた。

「少し睡眠薬も混ぜておいた。目が覚めたら温かいスープでも飲ませてやるといい」
「……気が利くな。春梅は」
「それほどでも。お頭、この娘、医務室で寝かせておくから、お頭も少しアタマを冷やすといい。」

春梅はそういうと、クラウディアの体を担ぎ上げ、船内の医務室へと降りていった。