エウラリアの楔 1st fragment CD 『エウラリアの楔』 特設サイト

「いっ……っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!!!!!」

Emperador Rojo llamas(炎の赤帝)号の医務室で、女の断末魔の叫び声が上がる。

「ち……春梅っ!!!おねがっ……もっと優しくっ……っあ……ぁぁぁ!!!!」

ベッドの上では一組の男女が激しくもつれ合っていた。

「それは……っ無理だっ……お頭が悪い!……くっ!!」

春梅はナタリアに覆いかぶさる態で、抵抗する動きを封じている。
細い手足は容赦なく抑えつけられ、どんなに泣き叫ぼうと、圧倒的な力の差で押さえ込まれてしまっていた。

涙で潤んだ瞳を春梅に向けるが、額に汗をしたたらせながらも、 春梅は【取り合わないぞ】とばかりに冷たい微笑を浮かべている。
そしてそのまま、長く細い指を、ナタリアの胸元に落としていった。




「いいいっ痛い痛い痛い!!!!春梅!!!痛いーーーー!!!!しみるうぅぅぅ!!!!!」

身を病床のベッドに預けたナタリアの体躯には、胸部の中心から臍の中腹にかけて、痛々しい刀傷が縦断していた。
そこからはとめどなく鮮血が噴出しており、春梅の持っているガーゼをみるみるうちに赤く染め上げていく。
代えのガーゼに薬をたっぷりと染み込ませ、 傷口にしっかりと宛がってやると、再びほとばしる女海賊の涙と絶叫。

「ぎゃーーーっ!!もっとマシな薬はないのかーー!!!!」

「この割合の調合が……一番治りがいいんだ。お頭……暴れるな。傷口が開くぞ…………ふふ」

いつもは無表情な春梅が、その端整な顔を紅潮させ、消毒の済んだ縫合用の針を取り出した。

「心配するな。お頭の大事なカラダだ。痕が残らないよう綺麗にきっちり正確に……縫合してやるからな」
「お前何でちょっと嬉しそうなんだよ!!!!!ニヤニヤすんな!!ぎゃぁぁぁーーー!!」

狭い医務室にナタリアの絶叫と春梅の妖しい笑い声がこだました。


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「……大事ないようだな」

部屋の戸口で耳をそばだてていたバハルドがそういうと、一同が安堵のため息を漏らす。

「せんちょうも、いつも通りだね」
「春梅も嬉しそうなの」

「…………」

病室で叫び続けるナタリアを放置して、スタスタと持ち場に戻ろうとするクルー達。

「ぜ……全然大丈夫じゃなさそうだけどっ……!」

バハルド、ダムア、ダヒカの背中にクラウディアの声が投げかけられた。
不安そうなクラウディアの面持ちに、バハルドは相変わらず憮然とした表情で鼻をフン、と鳴らした。

「「クリス、せんちょーの事が心配なんだね!」」

ダムアとダヒカがクラウディアの顔を嬉しそうにのぞき込み、にこにこと笑う。
そのあどけない表情からは『嬉しい』という感情が惜しげもなく溢れていた。
思いがけない指摘にクラウディアの顔は一瞬で赤くなった。

「し……心配なものか!あんな女っ。
そ、それに、さっきから気になっていたが、私の名前はクラウディアだ!
平民みたいな略称で呼ぶなっ!」

キツイ口調で叱責したつもりが、声が上ずって上手くいかない。

「だってクラウディアって長ったらしいんだもん♪」
「絶対クリスの方がかわいいと思うの♪」
「「バハルドもそう思うよねー!」」

一体なにがそんなに嬉しいのか、双子達は本当に楽しそうにクラウディアにまとわりついたかと思うと、 今度はそのままバハルドの両足に抱きついた。

クラウディアは怒りと羞恥がないまぜになったまま、抗議の目をバハルドに向ける。

「しかし、顔が真っ赤だな。怒っているのか?それとも照れているのか?『クリス』」
「な…………!!!」

目の前の大男は口元だけをにやりと歪ませ、大きな手のひらで『クリス』の頭をボフボフと乱暴に撫で ダムアとダヒカをひっつけたまま、再び甲板へと上がっていった。

「心配なんか……してないけど……」

置き去りをくらったクラウディアは、医務室の入り口に立てかけられた鳳凰の装飾がなされているファルカタを眺める。
先ほどの【手合わせ】の状況を思い起こすと、 どう考えても皆のいうようにナタリアが大した傷ではないとは思い難いのだった。