エウラリアの楔 1st fragment CD 『エウラリアの楔』 特設サイト

「ツバキばーさん!またロクでもない言葉を子供達に教えただろうが!!」

鮮やかなパレオを身に纏ったナタリアが、右手に握った剣の切っ先を老婆に向かって突きつけながら叫んだ。
ツバキと呼ばれた掃除婦の格好をしたみずぼらしい老婆は、武器を抜くでもなく、静かにナタリアを見上げている。

「はじまるはじまる♪」
「ワクワクするの♪」

クラウディアの左右で、両手をそれぞれ握り締めているダムアとダヒカが弾んだ声をあげる。
いつの間にか、海賊達の作った円陣に入り込んでいた三人は、 ナタリアとツバキ・ホウジョウの これから始まるであろう【決闘】を特等席で見守る形になっていた。

「せあぁーー!!」

ナタリアが剣を振りかざし、尋常ならざるスピードで老婆に切り込んでいく。
その剣技には目を見張るものがあった。
普段の乱暴で粗野な振る舞いからは想像ができないほど繊細かつ豪気なナタリアの身のこなしに、 クラウディアは瞬きをするのも忘れるくらいに魅入っていた。
それをツバキ・ホウジョウは、老体とは思えぬほど軽やかな身のこなしでいなしている。
対戦者の半分ほどしかない小さな体を床に付くくらい落とし込み、 懐に潜り込んだかと思うと痛烈な脚払いをナタリアに浴びせた。
すぐに体勢を立て直し、三撃四撃と休む間もなく打ち込むナタリア。
再び回避し続けるツバキ。

二人の息を合わせたかのような動作に、観客達は戦いを観戦しているというより、 演舞を観劇しているかのような錯覚に陥ってしまっていた。


「さっすがばーさんだなぁ!」
「お前なら船長のあの一撃であの世にいってるぜ!」
「お頭のやつ、今回こそはいくんじゃねえか!?」

ワイワイと口々に感想を述べる海賊達。
クラウディアは高揚感からか、強い日差しが降り注ぐ甲板でいささか喉の渇きを覚えた。

「ほら、お前らはこっちのレーチェ(牛乳)を飲みな」

クラウディアの眼前にいきなり白色の液体が差し出された。
浅黒く日に焼けた海賊の一人が、冷えたレーチェ入りのコップをクラウディア、ダムア、ダヒカの三人に渡し、 観衆の中に消えて行く。

周りを見回すと、他の海賊達は皆セルヴェーサを片手にまるでお祭り騒ぎのような賑わいぶりだ。
ついつい受け取ってしまったクラウディアは、戸惑いがちにダヒカに話しかけようとしたが 突如、海賊達から上がったひときわ大きな歓声に、ハッと顔を上げ、再び円陣の中心を見た。

今までナタリアの攻撃をかわすだけだったツバキが、斬撃を受ける為初めて剣を抜いたのだった。

「へへっ!……やーっと抜きやがったなババア!今日こそ天寿を全うさせてやる!」

「ふんっ。調子に乗るんじゃあないよ阿婆擦れ。今日も地獄に叩き落してやるから覚悟をし」

二人の作り出す空間に緊張が走る。
けたたましい掛け声とともにナタリアとツバキはお互いに突っ込んでいく。


「不思議な形をした武器だな……。あんなものは見たことがない」

老婆の持っている、どこまでも同じ剣幅で先端がやや鋭利になった銀色の武器。
それはクラウディアが今まで書物などで見てきた物のどれにも似ておらず、加えてツバキの身長の倍程あるため、 いかにも扱い辛そうな代物に見えた。

「あれはねクリス、【ニホントウ】っていうのよ」

クラウディアの独り言を拾い上げ、ダヒカが得意そうに言った。

「ニホントウ……?」

「ツバキおばぁちゃんの故郷の【ユイショタダシキジンギ】なんだよ!」

今度はダムアがよく分からない言葉を発したが、 聞くとあの老婆は春梅と同じ東の国の人間でそこで主に使われている特殊な武器らしい、という事だった。

「後でアナスタシアにでも聞いてみよう」

そうつぶやいた直後、何でも教えてくれたアナスタシアが、今は自分の傍にいない事を思い出し、 一瞬気分が沈んだが、ならば春梅にでも聞けばいいか、と一度疑問をもったらとことん知り尽くしたい 性分のクラウディアはぼんやりとそんな事を考えていた。

「あっ……!」
「うあああっ!!!!!!」

クラウディアが声を上げるのと同時にナタリアの叫び声があがり、辺りからも再び歓声が沸きあがった。
ツバキの一撃がナタリアに入り、血しぶきと共に身に着けたパレオが裂け、女海賊の体が倒れこむ。
それとともに舞い踊る一面の赤い掛札と、海賊達の狂喜の声と落胆の嘆き。


「あーあ、チクショー、また負けたぁー!」
「惜しかったなぁキャプテン~」
「さすがばーさんだぜ!ひゃっほ~!」
「いい加減負けを取り戻させてくれよ~!」
「おーい、春梅ー!春梅ー!!お頭が怪我したぞ~!」

血の付いた【ニホントウ】を白い紙で拭い去り、 無言でその場を後にするツバキと入れ違いに春梅が駆け寄り、ナタリアの体を起こした。


「大丈夫か?お頭」
「ちくしょ……。惜しくもなんともなかったな……」

「そんなことないよ!せんちょう」
「おばあちゃんに剣を抜かせたんだから、すごいよせんちょう!」

ダムアとダヒカもナタリアに寄り添い、心配そうな四つの瞳を向けた。

そうして、クラウディアは失血で青ざめたナタリアを抱き上げ、 船室へと降りていく春梅を自然と追いかけていったのだった。