エウラリアの楔 1st fragment CD 『エウラリアの楔』 特設サイト

「……そうか、そういう事だったのか」

アルバ公爵家の新当主セレスティノは、半ば呆然とした表情のまま、上質な羊皮紙製の古ぼけた本を閉じた。
亡父の日記を読んだことによって激しくなってしまった動悸は収まりをみせず、まるで大量の安酒を煽って悪酔いしてしまったかのような足元のふらつきを覚える。
セレスティノはそれでも何とか倒れまいと、父のものであった机に両手をつき、深呼吸を繰り返し、肺の換気を何度も行った。

「父上……」

ベルトランの葬儀が終わってから早ひと月が経とうとしていた。
喪が明けてから正式に新当主就任の儀を行うとはいえ、主だった他の貴族周りへの挨拶は一通り済ませてある。
一人の例外もなく、皆が皆形式的な弔辞を述べる姿は、セレスティノにとって滑稽極まりないものでしかなかったが、 このように大量の弔問者が尋ねてくるという事で、父の宮廷への影響力は死して尚健在だという事を嫌が応でも実感させられる。
セレスティノに向けられる美辞麗句も、【アルバ公爵ベルトランの嫡子】であるという事実があっての事。

「だが……もう俺のものだ。何もかも」

そう呟きながらも、セレスティノの焦りは日に日に大きなものになっていく。
リカルドに命じた鍵の捜索とアナスタシアの捕縛、そして、バルトの大海賊ナタリアへの討伐命令。
このどれもが芳しい結果を未だもたらさず、【期日】は迫りくるばかりだった。

「それにしても、何をしているのだ。あの役立たずは……!」

代々当主に仕える家系だとはいえ、執事リカルドは父の腹心だった男だ。
あの男に任せただけでは埒が明かぬと考え、父の書斎に入ったセレスティノは自分の判断力の優秀さに陶酔した。
もしこの記述が本当の事だとしたら……。

「俺にとっては食えぬ男ではあったが、存外甘すぎる男でもあったわけだ、父上は。ふふ……はははっ」
猜疑心の強い性格が幸いしたのか、普通は人の目には止まる事はないであろうその場所に隠されたベルトランの日記をセレスティノは偶然見つけ出す事ができた。
冷や汗で額に張り付いた髪をかきあげ、持ち主を無くした椅子に無遠慮に腰掛ける。

「……それにしても」

【アラクラン・ナタリア】

あまり海賊船同士の戦いには加わらず、貴族船ばかりを襲撃する変わり種の海賊の話は、セレスティノもよく聞き及んでいた。
その手腕には、かの辣腕なる海軍将校エヴルーも幾度か翻弄されているという。
女だてらにバルトの海を荒らしまわっている海賊が、かつてのエスパーニャ海軍最高司令官の娘だったとは。

「何とも皮肉なものだ」

国を護る為に海賊達と戦い続けてきた者の娘が海賊に身を堕とすなど、皮肉以外の何者でもない。

「相変わらず女の分際で、男に適うと思い上がっているのか、あの乞食女は」

セレスティノは、かつて自分の屋敷にいた金髪の少女の事を思い出す。
使用人のくせに生意気で、他の者のようにセレスティノに傅く事もせず、何度罰を与えても反抗的な態度を崩さなかったあの女。
こうなるといよいよ今回の件でのアナスタシアとナタリアの繋がりを疑わざるを得ない。
当初はアナスタシアへの見せしめのために、ナタリアに賞金をかけてやっただけだったのだが、 父の日記の内容からすると二人は大逆者インファンタドの血筋の者達と言うことになる。

「……これを利用しない手はない」

父ベルトランの日記を大事そうに抱え、まるで新しい遊びを思いついたかのように楽しげな表情を浮かべながら、アルバ家の新当主はその部屋を後にした。