エウラリアの楔 1st fragment CD 『エウラリアの楔』 特設サイト

バルトの大海賊アラクラン・ナタリアが忽然と海上から姿を消してから、二月ほどが経とうとしていた。
彼女の首に賭けられた報奨金は、アルバ公爵セレスティノの命により、今や十倍の値に跳ね上げられている。
その噂は瞬く間にエスパーニャ全土に広がり渡り、未だ鎮火を見せず、号外が増刷され、 数多くの目撃情報が飛び交ったが、いずれも信頼に足るものではなかった。

ナタリアを捕縛ないし殺害すれば、金が手に入るばかりか名が上がる。

この一石三鳥にも四鳥にもなる甘い果実に国内外の多くの海賊達や、果ては海軍までが【炎の赤帝号】の捜索に乗り出したのであった。

その結果、数隻の海賊船ないし海軍船が、残骸も残さず忽然と姿を消した事が、人々を震撼させ、 またさらにアラクラン・ナタリアの討伐に対する熱を燃え上がらせた。


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「「クリスー!!クーリースーぅう!!!」」

「え……?……っうわぁぁ!!!」

だんだんと大きくなる自分の名前を呼ぶ2つの声がする方向を見た瞬間、クラウディアは何者かに突進され、硬い岩の大地に派手に尻餅をついた。

「……いたっ……」

自分に飛び掛ってきた者たち-ダムアとダヒカ-は、なにやら大きな布のようなものを手に持ちニコニコと無邪気な笑みを浮かべている。

「っ急に飛びついたら危ないだろう!ダムア、ダヒカ!」

クラウディアは相変わらず船長であるナタリアやその他のクルー達と必要以上に口をきく事はなかったが、何かとまとわりついてくるダムアとダヒカとは、 日常的に会話をかわす程度にはなっていた。

アナスタシアの計らいで、兄セレスティノから逃れるためにクラウディアがこの海賊船団に身を寄せてから早2ヶ月が経とうとしていた。
しばらくは海の上で過ごしていたが、何日か前、ナタリアの命令で狭い岩ばかりの海路を進み続け、炎の赤帝号は『ここ』に停泊したのである。

海流も荒く、一見ただの一面の岩壁のようにしか見えない塊の裏には、いくつもの集落が丸ごと収まりそうなほどの洞窟が続いていた。

「「へへへぇ、あのねぇ、これ!!!」」

ムクリと起き上がると、ダムアとダヒカは持っていた布をクラウディアの目の前で広げ、得意そうな顔をする。
見ると、それはこの蒸し暑い気候に適したかのような涼しげな上着と短い丈のパンタロン(ズボン)で、 丁度クラウディアの身の丈くらいの者が着るのに十分そうな代物だった。

「ツバキおばあちゃんに作り方を教えてもらったの!クリス、いっつも重たくて鬱陶しそうなのきてたから!」
「クリス、最近変な布を頭から被らなくなったし、船長に聞いたら作ってもいいって!だから二人で考えて、内緒で作ってたんだ!」

「ねー!」
「なー!」

確かに、屋敷を離れた当初は、慣れない船の上での船酔いに苦しみ、皮膚をただれさせてしまう強い日差しを浴びないように全身を布で多い、 なおかつ外に出るときは日よけのヴェールを被っていたほどだったが、最近では船酔いもせず、 袖をまくり上げてもヴェールを被らなくても、うっすら赤くなるとはいえただれるまでは至らなくなってきている事に改めてクラウディアは気づいた。

「そ、そんな下々の者が着る様な服、ぼ……私が着れるわけないだろ!」

クラウディアの顔が赤く染まる。しかし、その赤みはいつもの激怒によるものではなく……。

「「シモジモってなあに?」」

双子達の伺い見るような瞳に、さらに赤みは増していった。

「……っ……。とにかく、私は着ない、そんなものっ!」

努めてぶっきらぼうに突き放すと、先ほどまでキラキラした笑顔でクラウディアを見ていた4つの瞳がだんだんと曇っていく。

「ダムア、クリスのために一生懸命切ったのに……」
「ダヒカも、とってもがんばって縫ったの……」

双子の大きな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

「え……あ……」

涙は柔らかそうな頬をつたい、やがて大洪水のように流れ出した。

「「うぅぅ……ふぇえ……うあ~ん!!あ~ん!!」」

「だ、ダムア、ダヒカ、な、泣かないでくれ……!!」

「「うえぁぁぁあああ~~!!!!!!!!!」」

失言に気づき、自分の上にのったまま大泣きするダムアとダヒカを何とかなきやまそうと、クラウディアは必死に二人の瞳を拭った。

「ごめん、傷つけるつもりはなかった。ちゃんと、ちゃんと着るから……」

目の前で盛大に泣く幼子の姿が、クラウディアの心の奥底に眠る古い古い記憶を蘇らせる。



『どうしてもっと自分の事を大切にできないの……!こんなに……こんなに心配しているのに!!』



兄や、長子第一と考える家臣たちからの心無い中傷に、捨て鉢になっていた自分を泣きながら諭してくれた彼女。
あのときも、大きな瞳いっぱいに涙をうかべていた。
また今自分は、小さなプライドを振りかざして、弱いものを傷つけてしまったのだ。
幼子たちの頭を撫でながら、よく【あの娘】にしてやっていたように、二人をぎゅっと抱きしめる。

「ひっくっ……うぅぅ……ほんと……に……?ぅくっ」

「ああ、今度、着させてもらう。」

「……今度っていつ?」

「え……と……」

答えを誤ると、また泣き出してしまいそうな二人の顔。
クラウディアが返答に困窮していると、突然体がふわりと浮いた。

「……え!?あ!?うわぁぁぁぁぁ!!!!!」

次の瞬間、何者かに抱きかかえられたクラウディアは、抗う暇もなく海の中に落ちていった。

「うっ……あっ!!」

大きな水しぶきがあがり、今まで体験したこともないようなずぶ濡れの状態に、顔が青くなる。
クラウディアの背では足がつきそうもない水深であったが、なぜか体はしっかりと浮いており……。

「かなりひどく海水に濡れちまったなぁ、クリス!上がったらそこの服に着替えとけよ。風邪ひくからな」

「お……っお前!!!」

自分の胴体に巻きつけられた二本の腕の持ち主の顔を確認すると、髪を一つに束ねたナタリアが意地の悪そうな笑顔でクラウディアに言った。

「は、離せ!!!何をするっ!!!」

「……離してやってもいいが、お前泳げるのかぁ?」

「!!!!!」

「どうせ姉さんに過保護に育てられて、こんな当たり前の遊びも知らずに育ったんだろー!よかったなぁ、家出きて」

「お、お前のような下賎に何がわか……うわぁぁぁ!!!!!」

あまりに自分を小馬鹿にされたようで、思い切りナタリアをにらみつけてやろうと振り向いたクラウディアは、その様相に目を覆った。
白く柔らかな両腕を追っていくと、剥き出しの肩がまず目に飛び込んでき、自分の背中に当たっている柔らかな膨らみは、 布の壁を経ることなくクラウディアに触れていた。

「ま……またお前はそんなはしたない格好を……!!!こ、この間だって……!!女としての嗜みとか……恥じらいはないのか!!!!!」

「あぁ?泳ぐのに服なんか着てたら海水吸い込んで溺れ死ぬだろうが」

「「せんちょー!!!ダムアとダヒカもはいるー!!!」

そこへ、二人のやりとりを見ていたダムアとダヒカが勢いよく飛び込んできた。

「クリス、大きいのにせんちょうにだっこされてへんなのー!」
「へんなのーーー!!」
「「きゃはははは!!!」」

ダムアとダヒカの泣き顔は、今は元の溢れんばかりの笑顔に変わっていた。
クラウディアはナタリアに反抗しつつも、この女の、意図的なのかそうでないのか判断しがたい行動に、今は少しだけ感謝した。