エウラリアの楔 1st fragment CD 『エウラリアの楔』 特設サイト

「キャプテン、悪いがちょっと来てくれ。……ちゃんと服を着てからな」

水浴びを楽しんでいたナタリア達の所へ副船長のバハルドがやってきた。 よく日に焼けた逞しい腕にはナタリアの着替え一式と、人数分の体を拭く布類が握られている。

「……どうした?」

パシャリと水音を立て、抱きかかえていたクラウディアを安全な浅瀬に連れていき水面から上がる。
体から水分を拭き取りながら、神妙な顔つきのバハルドに問いかけると、その顔色が更に少し曇った。
そして絞り出すような小さな声で、ナタリアに事実を報告する。

「ルシンダが死んだ」

「……そう、か。わかった、すぐ行く。ダムア、ダヒカ、クリスが溺れないように見てるんだぞ」

バハルドの答えを聞いたナタリアは子供たちにそういうと、しばらく何かを考えているかのように自分の手元をじっとみつめていたが、 手渡された着替えを受け取ると手早く身につけ、クラウディア達のほうは一度も見ず、進んでいくバハルドの後に続いた。

「「……クリス、行こう!」」

「え……?おい!?」

双子達は水面から上がるや否や、バハルドとナタリアの後に続いて走っていく。
いつになく鎮痛な面持ちの二人を見て、クラウディアは濡れた服のまま、 それでもダムアとダヒカの贈り物は濡れないように抱えて、その小さな後ろ姿を追った。


朽ちそうな木製の扉を静かに開けると、ナタリア、バハルド、春梅、ツバキが小さなメサ(テーブル)を囲んでいた。
ギギィ……という軋んだ音が大きく響いても、誰も振り向かない。
クラウディア達が大人の間をぬってメサの前にたつと、そこには白い大きなロロ(オウム)が横たわっていた。

「「せんちょう……ルシンダ、死んじゃったの?」」

ダムアとダヒカが、ナタリアの服の裾をそれぞれ引っ張り、その亡骸を前に泣きそうな声で言う。
あたりを見回すと、ここはどうやら鳥舎のようで、コトルゥラ(インコ)、フィロメラ(うぐいす)、ミルロ(九官鳥)、パロマ(ハト) と、色も大きさも違う多くの鳥たちが、一羽一羽違う檻に丁寧に入れられていた。
鳥たちは新たな訪問者に興奮したのか、大きな声で大合唱をはじめ、羽ばたきにより羽が部屋中舞い散り踊る。

「ああ。でも、ルシンダはもういい年した婆さんだったからな。これは……寿命だ。
なんせ、ツバキばーさんよりも年上だったからなぁ。大往生だ」

二人の頭を優しく頭を撫でながら努めて明るい口調で答える。

「あたしの年をひっぱり出すんじゃあない。いつものように埋葬してやるが、いいかいアバズレ?」

「ああ、頼むよばーさん」

ツバキとナタリアが短くやり取りを交わすと、春梅が木箱を運んできて、綿がいっぱい敷き詰められたそこにロロを横たえた。
他の住人たちは、変わらずけたたましく鳴き続けている。

「アギラ(鷲)とかブルハ(梟)は一羽も所有してないんだな……好きそうなのに」

仲間の死を悼んでか、止むことのない耳をつんざく奇声の数々と、死を取り巻く室内の空気にやや居心地の悪さを感じたクラウディアが、 その異様なまでに鳥だらけの部屋に対する感想をぽつりとつぶやいた。

「……お前なぁ、それ、その癖。話しかけてんのか?それとも独り言か?」

クラウディアの方をようやく向いたナタリアが、あからさまに大きくため息をつき、呆れ声で言った。

「なっ……!」

「聞きたい事があるならちゃんと人の目を見て質問しろって。知りたい事があるなら何でも正直に教えてやる。
今までは誰かが察して応えてくれてたんだろうが、ここでは誰もそんな気のきいた事をしてくれる奴なんかいないぞ。
お前はまず、自分から人と会話をするって事を覚えなきゃな」

腰をクラウディアと同じ高さに目線がくるようにかがめ、指先で形のいい鼻をむぎゅっと掴む。
図星を指されたクラウディアはナタリアの手を払いのけ、少しの羞恥心と苛立ちのこもった声で、しぶしぶ再度の質問をした。

「ア、アギラとかブルハは飼わないのか?凶暴そうなお前が好きそうな種だと思うが?」

ナタリアは目線を元の位置に戻し、腰に手をあて、形の良い顎をしゃくりクラウディアに退室を促す。
埋葬作業に取り掛かっているツバキと春梅以外がその後に従って出て行った。
部屋の外に出ると、他の海賊達が各々陽気に歌をうたいながら船の手入れをしたり、大砲の火薬を積み足したりしている。
やはりここは海賊のアジトなのだな、という事が実感させられた。


「あいつらは小鳥を食うから好きじゃない。だから飼わない」

「クリス、こう見えて意外に繊細なんだぞ。キャプテンは」

「意外には余計だ。バハルド」

「じっ、じゃあ!ここは何だ?よくこんな巧妙な隠れ家をお前のようなガサツな女が作れたものだな」


いささか拍子抜けする返答に少し腹の立ったクラウディアは、勢いにまかせて次の質問をぶつけた。

「……ふぇっ!?」

ナタリアから、普段は聞くことのないような素っ頓狂な声が漏れた。
その明らかな動揺をクラウディアは見逃さなかった。


「ここまで完璧なアジト、そうそう短期間でつくれるものではない。目的は?施工期間は?設計者は?収容人員の想定は?」


再度質問する。しかし今度は多少の意地悪さを込めて。

「し、知るか。どうでもいいだろうが、そんなくだらないことは」

ナタリアの白い頬に一筋の汗がしたたる。


「いきなり約束事を破るなキャプテン。さっき『知りたい事があるなら教えてやる』と言っていただろう。『何でも正直』に」

「ちょ……ババハルド……」

「『昔の男が長時間かけて構築し、所有していた物だが、浮気された報復として』キャプテンが奪い取ったんだろうが」

「うわぁぁぁぁぁあああああああああーーーーーーーー!!!!!!」


ナタリアはバハルドに飛び掛り、両手でその唇を塞いだが、時既に遅く……。

「へぇ……お前みたいな女性らしさのカケラもないようなやつでも恋人になろうという物好きがいたのか」

半ば感心したように観想を述べると、ダヒカが傍に寄ってきて事実関係を修飾した。

「でもねクリス、他にもいーーっぱいいーーっぱい女がいたのよ。そのひっどーい男!」
「せんちょうしばらくずーーっとずうーーっとお部屋から出てこなかったんだよ!」

ダムアもそう言い加えた。
当のナタリアはバハルドの口を押さえたまま動かなくなってしまっている。


「……失恋で傷つくなんて……そういう女らしい一面もあったのか」

「いや、違うなクリス。普通の女は海上で半年ぶりに会った愛しいはずの男を問答無用でメッタ刺しにして船中引きずりまわした挙句、 ティブローンの巣に叩き落としたりはしない」


声がしたので振り向くと、ルシンダの埋葬を終えたであろう春梅とツバキが立っていた。


「普段からあの時くらいの殺気であたしに挑んでくりゃ、カスリ傷くらい負わせられるだろうに」

やれやれ、と両手をわざとらしく挙げてツバキがため息をつく。

「あれだけ手の施しようがなかった患者を見たのは初めてだ。まぁ、幸い命に別状はなかったがな。命には。
女性の泣き顔も、あれだけ返り血を浴びていたら、そそるどころかただの恐怖でしかない」

「メッタ刺しの上……叩き落す……」

春梅の言葉をかいつまんで要約し、復唱すると、クラウディアの脳裏にその時のナタリアの姿が想像された。

「…………ぶっ……………………くくくくっ……。あっははははは!!!!」

必死に笑いを堪えようとしたが叶わず、クラウディアはその場で盛大に噴き出した。

「「あー!クリスが笑ったぁ!!」」

ダムアとダヒカは、初めて聞くクラウディアの笑い声に歓喜した。
バハルドの口を押さえ、真っ赤になっていたナタリアも、少し驚いたような表情でクラウディアを振り返った。

「良かったな、キャプテン。ろくでもない思い出が子供の成長を促す肥やしにできて」

「お前な……」



子供達が笑い続けている横で、抗議の声をバハルドに向けようとしたその時、遥か空の彼方から何かがナタリアめがけて突進してきた。
最初は小さな黒い点であったそれは徐々に大きくなり、みるみるうちに速度を増していく。

「うわっぷ!!」

『何か』はそのままナタリアの顔に激突し、そのまま地面に落下しそうになったが、すんでの所でバハルドに受け止められた。

「い、いてて……」

顔面に物が思い切りぶつかったナタリアは、痛みの残る鼻を押さえ、バハルドの手の中を覗き込む。

「……フレイア!?お前かぁ!!」

そこには、少々肥えた数珠鳩が収まっており、足になにか手紙をくくりつけていた。
ひとしきり笑ったクラウディア達も、何事かと周りに集まる。

「お前相変わらず着地が下手だなぁ」

ナタリアは長い距離を飛んできたであろうフレイアと呼ばれた鳩の嘴を指で掻いてやり、足から手紙を抜き取ると、ツバキにその身柄を渡した。

「ばーさん、長旅で疲れているようだから、たらふく食わせてゆっくり休ませてやってくれ」

老婆は「はいよと短く言い、鳩と主に鳥舎に戻って行った。

「フレイアって?」

クラウディアが傍にいたバハルドに聞くと、苦虫をかみつぶしたような顔のバハルドが吐き捨てるように言った。

「ふん……。海軍将校レオンの伝書鳩だ」