エウラリアの楔 1st fragment CD 『エウラリアの楔』 特設サイト

『よくもまぁ、こんなやっかいな【お荷物】を引きうけたもんですねぇ』

エフレムから受けた侮蔑の言葉が頭の中をかけめぐり、クラウディアの心には屈辱の炎が灯っていた。
ナタリアの只ならぬ様子に気おされて、また、あの男とこれ以上同じ空間に居たくないという気持ちから 命じられた通りバハルドを探しにやってきたクラウディアは、胸の奥から湧き上がる黒く濁った感情に息苦しさを 覚え、走っていた足を止め、ゆっくりと歩きながら息を整えようと深く呼吸をする。

自分に向けられたあからさまな【負】の感情。
侮蔑と嘲りを思い切り口の端に載せて攻撃の刃を向けてくるその様はどこか兄のそれに似ていた。

その兄も、今は窮地に立たされているという。
兄の事が心配なわけでは決してなかったが、自分の生家の事や【あの娘】の無事を知っているのか詳しく聞きたかった。


(しかし、だからと言ってあんな下種な男に教えてくれと頭を下げるのはまっぴら御免だ)


どこまで走ってきてしまったのだろうか。
気がつけばクラウディアは集落から遠く離れた岩だらけの荒地に立っていた。


「随分遠くまで来てしまったな……。引き換えそう」

『大人しくしろ……いい子だから。あ、こ、こら!!!!!!』


≪ガシャーン!!ガタガタ!!!≫


「!!??」


クラウディアがアジトへ戻ろうと踵を返した直後、どこからか聞き覚えのある男の叫び声と、 何か金属が落下したような音が響いた。


『……まったくもう、ナタリー。お前ってやつは……』


声のする方に向かっていくと、小さいが真新しい小屋がぽつんとそこに立っていた。


『外に出たいのか、しょうのないやつだ。少しだけだぞ』


小屋の前に立っていると、ギィイと音をたてて扉がひらき、クラウディアの探していた人物が眼前に現れた。


「ん……?……なっ!?うわぁぁぁ!!!」


その大きな手に小さな何かを抱えて出てきたバハルドは、目の前にいるクラウディアを確認するやいなや、 慌てふためいて手の中のものを背後に隠した。


「ク、クリス!?み、見たのか!?今……何か見たのか!?」

「何かって……後ろに隠してる小さなガト(猫)の事?」

「うっ……!」


見たことのないようなバハルドのうろたえぶりに、クラウディアはいささか驚いたが、それよりも ガトの顔が見たくて、素早く背後に回りこむ。
ガトはまだほんの赤子らしかった。
体は小さいが、きゅっとつりあがった大きな目が愛らしい。


「うわぁ……かわいいなぁ。ね、バハルド、さわってもいい?」


心から慈しむようなクラウディアの眼差しと、珍しく子供のような声に、バハルドは仕方がないと諦めのため息をつき、 ガトをその手に渡してやった。
フワフワした温かいガトの感触に、先ほどまでの胸のむかつきが嘘のようにスゥ、と消えていく。
ガトはクラウディアの長い髪の毛が気に入ったのか、片手を伸ばして弾いてはその揺れを楽しむように遊び続けている。


「キャプテンには内緒にしておいてくれ。頼む」

「どうして?こんなにかわいいのに」

「それはお前……キャプテンの大好きな物はなんだ?クリス?」

「「……鳥だ」」


バハルドとクラウディアは異口同音にその言葉を発し、同時にため息をついた。


「そうだったね……」

「しかもコイツはガトの中でも狩を得意とする部類のヤツだ。もしナタリーがキャプテンの鳥たちに襲い掛かりでもしてみろ。俺はキャプテンに殺される」

「ナタリー?」

「ああ、コイツの名前だ。どことなくキャプテンに顔が似てるだろう?港の外れでケガをしている所を拾ってな。放っておけなくてついうっかり船に運んできてしまった」


改めてナタリーと名づけられたガトを見ると、確かにガトの中でもかなり気の強そうな部類に入る顔つきと金糸の体がナタリアを僅かばかりに彷彿とさせた。


「性格まで似てたら大変だな。嫁き遅れになってしまう」

「はは、そうだな。ま、そいうわけでこれは俺とお前の秘密だぞ。いいなクリス。おとこのや……お、大人同士の約束だ!」

「……?うん。わかった、ナタリーがあいつに捨てられたら大変だものな」


笑顔を向けるクラウディアの頭に、その大きな手をのせてバハルドが言う。


「いつもそうやって素直に感情を出せ、クリス。もっと自分を解放してやれば、それだけ自由になれる。
この船にはお前を縛るものなんて何もないんだ。走り回ったり、泣いたり怒ったり、今みたいに笑ったり、 たまには喧嘩して殴り合いしたっていい。怪我をしてもうちの船医が治してくれる」


クラウディアは少し戸惑ったような顔をし、無言で頷きながらナタリーをバハルドに返す。


「まぁ、すぐにそうできるようになれとは言わんがな。そういえば、なんでこんな所にいるんだ?クリス。ダムアとダヒカは一緒じゃないのか?」

「ダムアとダヒカは春梅を呼びに……あ!」


思いがけずガトを目にして本来の目的を忘れていたクラウディアは、ナタリアにバハルドを探してくるように言われていた事を伝えた。
そして、≪イラー・アルマウト≫という海賊船が赤帝号を追ってこの海域に向かってきている事も告げた。


「【イラー・アルマウト】……。ゲラシムめ、しつこい野郎だ!」


その名前を聞いた途端、バハルドの顔が険しく歪んだ。
ナタリアの浮かべた表情とはまた違い、バハルドの全身からほとばしらんばかりの怒りが感じられた。


「何なんだ?何か因縁のある船なのか?」


ナタリアの苦悶、バハルドの怒り、無邪気な双子達の笑顔を一瞬で凍らせてしまったほどの名前。
それだけでもクラウディアにとっては十分な不安材料だった。


「【アドリアの死神】と呼ばれる男の船だ。
死神なんてご大層な名前がついているが、俺に言わせれば海の上のイエナ(ハイエナ)といった所か。」


ナタリーを小屋にもどし、バハルドとクラウディアは言葉をかわす。


「そんなに強い船なのか?戦った事は?」

「戦ったもなにも、ゲラシムはキャプテンの右目を潰した男だ。それも、最悪に汚いやり方でな」

「え!?」

「俺達海賊ははみ出し物の集まりだが、それでもいっぱしの流儀ってやつがあるんだ。ヤツにはそれが無い。目的を達成するためならどんな手段も選ばない」

「目的って……何なの?」

「キャプテンの剥製を作りたいんだそうだ」

「……そんな事!!」

「ああ!絶対にさせんがな!!」


バハルドとクラウディアは頷きあい、ナタリアの待つ部屋へと駆けて行った。